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インターン 金田侑大
Vol.23037 東大コロナ留年-消極的反応の背景にあるもの- 2023/2/27
実際、杉浦さんが単位を認められなかったのと同じ科目で、他の学生の場合は、期限後に提出した診断書で補講が認められた事例があったという。教員が恣意的に杉浦さんの診断書の受け取りを拒否した可能性は、本当のところは誰にもわからない。私が一貫して問題を提起しているのは、東大側が異議申し立てをまともに取り合わず、途方に暮れて記者会見という手段に訴えざるを得なかった杉浦さんに対し、そのことに対する謝罪の一つもなく、(不当な)反論をホームページに上げたという点だ。日本最高峰の厳しい受験戦争を経て入学した憧れの大学から、そのような愛のない対応を受けるのは、自分が杉浦さんの立場だったらと思うと、あまりに悲しくてやっていられない。表に出ているだけでもおかしい部分があるなら、それはおかしいと学生の味方に立てない教員たちと、本当の意味で信頼関係を築くことが、果たしてできるのだろうか。
日本の大学は、学生を見ていないのだ。国を、そして政府を見ている。国立大学法人化により、大学の自治の在り方は大きく変わった。運営費交付金の削減が続き、今や、自主性も独立性も侵害されている。小さい霞が関である東大に、誰も異議申し立てなどできないのだ。東京地裁の岡田幸人裁判長は、行政処分は存在しないと頑なに主張する東大の主張を口頭弁論を開くこともなく認め、1カ月足らずで門前払いの判決を下した。しかも、この時の判決文の記載は、東大の主張の「コピペ」であったことが分かっている。文科省は署名の受け取りに関して、「係争中の案件であり、裁判所での判断に影響する可能性があるため、裁判が終わるまで受け取りは見送りたい」と対応した。裁判をしていることと、署名を受け取ることの間に、一体何の関係があるというのだろう。むしろ裁判になるような案件だからこそ、広く世論を問い、各大学に丁寧な対応を要求すべきだったのではないか。学会も同じだ。本件に関して某学会に論文を投稿したが、不採択(係争中の事案が理由)であった。今回の問題で議論すべき本質は、東大が学生を最優先しなかったという点だ。東大の一学生の問題だと矮小化せず、学生が主役の場である大学の自治を守るための議論に繋がることを期待したい。
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